第 16 章
朝
アーサーは、何かが欠けているせいで目覚めた。
光はすでに深みの底に届いていた。世界の最初の光。スロープの長い筒を下り、開いたままの三つの扉を通り抜けてきた光は、都市がかつて下すことのなかった決定の色をしていた。彼はじっと横たわったまま、部屋を手触りで読んだ。品目をひとつずつ、ゆっくりと。人生のあらゆる部屋を、そうやって読んできたのと同じように。そしてひとつの品目だけが、間違った答えを返した。いや。その品目は、存在しなかった。
あのザザッという音が、なかった。
それは二十年のあいだ、彼の頭蓋の奥に立っていた。三十センチぶんの、ロックされたコード。死んだアップリンク。局と局のあいだに置き去りにされたラジオ。そして、いまや局はなかった。雑音のあった場所には、静けさがあるだけだった。何かがそこにあった場所には、静けさがある。ちょうど、そのように。
雑音とロックが同じものだとは、彼は知らなかった。しかし静けさは、それを生みだしていたものの形をしていた。その形はラジオのものだった。そしてラジオは切れていた。局と局のあいだではない。切れているのだ。そして雑音とともに、緑も部屋から消えていた。広間は最初の光のなかに立っていた。そのなかの何ものも、何も強制してはいなかった。
彼の両手は、昔からの移乗の所作で、床に平らについた。二十年の動きだ。しかし椅子はなかった。手続きの対象は消えていた。彼は止まった。止まること自体が、いままで一度も必要になったことのない行為だった。彼は光のなかに横たわり、掌をあたたかい地面のうえにつけたまま、移乗は彼を待っていた。手続きの古い一文が開かれたまま立ち、その動詞は取り去られていた。
夜が彼を捉えたとき、彼はひざまずいていた。いつのまにか、ひざまずきは寄りかかりになり、寄りかかりは目覚めの姿になった。第九のポッドの基部に凭れ、頭を垂れ、胸のうえに小さな黒い重みをのせて。それはゆっくりと、焦らずに息をしていた。そのあたたかさが胸骨のなかに届く。彼はしばらく動かずに横たわっていた。朝は新しく、胸のうえの重みは、何も求めてこなかった。それが、彼の人生で最初の、恐れるものの何もない朝なのだ。彼は、その理解に名前をつけることなく、理解した。
光は、あたたかい地面のうえに水平に横たわっていた。黒いものは、いつもと同じように、そのなかで身じろぎした。まず背骨、つぎに肩、頭が最後に上がる。そして彼のうえから下りた。用心深い前脚を、一度に一本ずつ。彼のわきの、あたたかい床のうえに、低く落ち着いて、彼を見た。
「とどまれ、」と彼は言った。
その言葉は、彼のなかから丸ごと出てきた。彼が開けたままにしておかない場所から。それが自分で選んだ言葉なのか、それとも朝を待っていた言葉なのか、彼には言えなかった。もうひとつの言葉が、その背後に立っていた。彼はそれに名前をつけないまま、放っておいた。 黒いものは止まった。前脚が一本、まだ上がったまま。頭が向きを変え、あの古い視線が彼を捉えた。一度も彼から滑り落ちたことのない視線。そしてそれは降りる動作をやり遂げ、尾を足元に回し、あたたかい地面のうえに座った。とどまった。
彼は朝の点検をはじめた。
それは、彼抜きで動いていた。二十年の習慣。曜日。日付。年。自分が誰であるか。棚は整い、清潔で、待っていた。そしてそのほとんどは空だった。彼はその全長をゆっくり歩いた。点検はかたちになった。そしてそのかたちこそ、点検のなかに残された、ほとんどすべてだった。
後ろの箱。二十年のあいだ、開けずに過ごした部屋。それが開いていた。それは夜のあいだに、あるいはその前の夜に、運び出されていた。彼は、それが起こるのを聞いていなかった。そのなかには、手を伸ばすべきものは何もなかった。それでも彼はそれを閉じた。慎重に。もう何ものも押すことのない蓋を閉めるように。その閉じる行為が、習慣の最後の所作だった。彼はそれをやってのけた。そして習慣のなかには、仕えるべきものは何も残っていなかった。
朝のなかに、ひとつの伝言があった。鳥のものだ。彼はそれを開かなかった。そこには日付がなく、温度だけがあった。それは置かれた場所にとどまりつづけた。朝のなかで、彼が手を伸ばさなかった唯一のものとして。
空になったパックを、彼の手は二回折って、きちんとした四角形にした。置いておく机はなかった。黒いものは床からそれを見ていたが、吟味しようとはしなかった。折りたたみの理由は、彼から消えていた。手は、頼まれもしないのに、そのかたちを保ちつづけた。
それから彼は数えた。
一。数えることこそ、彼の仕事だった。それは、ある声のなかに残された、唯一の完全なものだった。それが誰の声だったのか、彼は覚えていない。その声は、かつて彼が立ったことのある部屋のかたちを持っていた。そして部屋は消えた。数えることは残った。部屋がそのなかから消え去っても、かたちは残るのと同じように。二。三。
彼はゆっくり数えた。完全に、ほとんど優しく。十まで数えたとき、彼の声は空の広間のなかに立っていた。その朝、深みのなかの最初の声。そして何かが報告をはじめた。
右足の親指。
それは、二十年のあいだ、腰より下から報告してきた最初のものだった。そしてそれは、順番どおりに報告した。最初の報告は、温度だった。地面のあたたかいへこみ。彼の人生のあらゆる朝の二十一度ではない。二十年遅れでようやく届いた手紙のように、足指のなかへ届いた。二番目は、手触りだった。靴下の織り目が爪にふれる感触。そしてその下の、固く、生きている床のへこみ。身体が床に対して持つ主張。あの古い算法は、それをコインほどの大きさに圧縮していた。そして今朝、床はその主張を丸ごと支えた。
三番目は、重さだった。足指自身の小さな重力。その先の土踏まず。かかと。彼の長い主張。立つことの、忘れ去られた建築のすべて。そして今回は、それは圧縮されていなかった。今回は完全な大きさで立ち、閉じなかった。死んだものは、水が石のうえで閉じるように、足指のうえに再び沈んでくることはなかった。水は引いたままで、足指はそこにあった。
知らせは、切られていた線を上ってきた。切断部は、自らのうえでつながり直していた。足の母趾球が荷重を受け、それを支えた。土踏まずが、ゆっくりした潮のように持ち上がった。足首が、二十年ぶりに問われ、答えた。
ふくらはぎ。膝。太もも。腰。その上の、彼の全体の積み重ね。積み重ねは持ちこたえた。
彼はそれを信じなかった。振り返り、開かれた喉の下のコンソールに両掌を平らにつけ、押した。立とうと思っている床を試すように。自分の下のものが支えてくれるかどうかを、確かめるように。床は支えた。脚も支えた。コンソールも支えた。そして彼は、残りの体重のすべてを、自分自身の柱のなかへ帰らせた。そのすべてを。あたたかい地面のうえの二本の足まで。
彼は立っていた。
部屋が傾いた。いや、部屋ではない。彼の平衡だ。取扱説明書のついていない、新しい計器。傾きは腕をつたってコンソールのなかへ抜け、少し減って戻ってきた。震えが腰から上ってきた。長く、深い。腕の震えが、ようやく脚の出番へと移された。彼はコンソールを掴み、掴んだまま、部屋は安定した。そしてその安定は、彼自身のものだった。
立ち上がる間じゅう、彼は息を止めていた。それを吐き出しても、立ち姿勢は保たれた。彼の両手は二十年のあいだ、彼を運んできた。けれど、彼を静止させたまま保つことを求められたことは、一度もなかった。両手は、指を一本ずつコンソールから離した。脚は支えた。彼は一度よろめいた。膝が半インチ折れて、それが自分で踏みとどまった。そして膝が崩れた。二十年分の座位がいっぺんにやってきた。彼は両手でポッドにしがみついた。ポッドは彼を支えた。彼は危うく悪態をつきかけた。
彼の口は、悪態のかたちをつくった。そしてそのかたちは空だった。二十年の清潔な棚は、一度も悪態を仕入れたことがなかった。何も出てこなかった。それが悪態だった。二十年ぶりの最初の悪態。それは、何からもできていなかった。
それから彼は立った。世界のなかで、自分の下にある唯一の支えは、自分の下の二本の足だった。そしてそれは彼のものだった。
部屋は、立った高さで組み直された。
彼の記憶のなかのどの部屋も、膝の高さでやってきて、その高さにとどまっていた。世界全体が、座った高さで建てられていた。記憶のなかの部屋で、自分自身の高さで立っていたのは、これが最初の部屋だった。リングは彼の下方に横たわっていた。あたたかい地面の、広い円。そのまわりを囲む八つのポッドは、いまや低かった。開いたハッチは、彼の腰の高さにあった。第九のポッドが、彼に寄り添って立っていた。送信機。その喉は胸の高さで、開かれたまま暗かった。緑は、そこから消えていた。
スロープの筒は、開いた三つの扉を通り抜けて、遠くへ走っていった。そして朝のすべてが、そのなかに立っていた。ひとりの男が立っていた場所は空だった。戸口は、光だけを抱えていた。
光はこの高さで水平に来た。居着くことを決めたものが持つ、落ち着いた気配で部屋を横切った。そして彼はそのなかに立っていた。部屋のなかのすべてより、彼は高かった。ポッドを除いて、光を除いて、そして世界そのものの高さを除いて。世界がそんなものを持っていることを、平坦な朝ばかりの年月のすべてを通して、彼は一度も知らなかった。彼の両手は脇に垂れていた。だらりと。コンソールの高さで。仕事を解かれて。彼らの労働人生のなかで、はじめてのことだった。
胃が、同じ線をつたって報告してきた。足指の主張より小さく、愚かな主張。食料を。いつもの時刻に。例外なし。
黒いものは、あたたかい床から彼を見つめていた。頭を上げ、使い尽くされていない視線を、立っている彼の高さに水平に保って。彼はそれが見るのを見た。そしてそれは動いた。
それはひとつの動きで床から立ち上がった。背骨、肩、頭。せかせかとしない。そして彼のうえに着地した。
彼の膝のうえに。立っている膝のうえに。そして彼の膝はそれを感じた。小さく、落ち着き、ありえない重み。あたたかく、完全な。その一グラムごとを、感じた。かつて同じ重みが死んだ膝のうえに落ち着いたとき、彼は何も感じなかった。最初の部屋で、それは彼の死んだ長さのうえに着地した。いまそれは、生きたうえに着地した。そしてその違いは、ただ、すべてだった。脚は、一歩も譲らずに追加の重さを受け入れた。彼はその下に立った。都市を横切って運んできたものの重さを抱えて、世界の高さで。
彼は見下ろした。
黒く、あたたかく、絶えず振動しているもの。小さく、彼の膝のうえに落ち着き、見返してくる。彼は言葉へ手を伸ばした。彼の労働人生全体の反射。手を伸ばす。引き出しを開く。引き出しは、かつて言葉のあった場所へと開いた。かたちはそこにあった。欄は空だった。そして膝のうえのものは、そのかたちにぴったり収まった。ものが、ずっと収められていた場所にぴったり収まるように。それが何なのか、彼には言えなかった。ただ、その収まりが親しみのあるものだということだけは。
振動が、最初に彼の顎に届いた。つぎに胸骨。つぎに長い骨。小さく、整って、あたたかい。そして何も伴ってこなかった。扉は開かなかった。レジスターは回らなかった。世界のどの部分も、耳を傾けるために寄り添ってこなかった。鍵は使い果たされていた。残ったのは、低く整った音。代償も理由もなく保ちつづけられる音。何も開かなかった。そして何も、開く必要がなかった。
彼は朝の下、リングの中央に立って、それを抱えていた。
彼にはかつて、そのための言葉があった。そして彼は、その受領書をしまいこんでいた。彼には午後があった。声があった。声のなかに残ったのは、数えることだけだった。そして言葉は、残りのすべてとともに彼の外へ、開かれた部屋のなかへ消えていった。
彼の手が上がった。
彼はそれが上がるのを見ていた。自分自身の仕事をはじめた手。腰から離れ、朝の空気を横切り、膝のうえの重みへ向かって。そして手は止まった。彼のなかで空になった場所の高さで。そこに宙づりになった。発生源を失った命令を実行しているかのように。
彼が立ちつづけているあいだに、九番目のポッドの上を光が動いていた。光は側面を登り、胸の高さに達していた。朝は彼のまわりを過ぎていった。脚はそのあいだじゅう、よく持ちこたえた。脚の初めての長い証明だった。誰にも求められぬままに。
一歩、試してみた。膝は重みを受け止めた。足首はその動きを拒んだ。彼はポッドに手をかけた。失敗は小さく、新しいものだった。彼は二度と試みなかった。朝の何ものも、一歩を必要としてはなかった。
重みは、生きている膝の上に辛抱強く座っていた。誰かが回収しないと決めた借金のようなものだった。彼はその手を見つめた。それは新しい節約だった。物事を最後まで見とおすこと。朝は何のレジスターも、予定も、次の用事も持っていなかった。世界のどこにも、彼の聞こえる音はなかった。ふたりの刻む時間だけをのぞいて。
脚が一度、震えた。膝の半インチほどのゆるみが、自分で踏みとどまった。彼は古い算術がその上に覆いかぶさってくるのを待った。だが、それは来なかった。水は引いたままだった。彼は長いあいだ立っていた。立ちつづけることは、証明というより、ひとつの場所のように思えてきていた。手はそのあいだじゅうぶらさがっていた。朝のなかで、未完成なのはそれだけだった。
そして、手は落ちた。
宙づりになるのを終えた物が落ちるときの落ちかたで、手は落ちた。落とされたのでも、向けられたのでもなく、完結したのだ。空気と光を横切って。黒いものは身をすくめなかった。受け止める演技もしなかった。ただ、手が届くままに任せた。指はあごのうしろの暖かい窪みに静まり、そこに、動きの始まりを見つけた。
手はその動きを知っていた。彼は知らなかった。それから、知った。夜にしか辿り着いたことのない場所を、知っているというふうに。その動きは古かった。彼の内側の空いた場所よりも古く、朝よりも古く。ゆっくりと、均一に、そこには時間があった。その時間は、彼の数え声の時間だった。一、と手が長いひと掻きを描く。二、と掻きが戻ってくる。声のなかに残されていた数え声。二十年間、胸のうちにしまわれ、今、指先で費やされている。手は数え、黒いものは掻きに合わせて身を寄せた。小さな、全体の寄り添い。重みが掻きに合わせて沈み込み、振動がやってきた。低く、均一に。掌の下から、彼の長い骨の奥まで。
その音は本物で、暖かく、安定していた。
記憶という長い階段を降りていくうちに、彼はこの音の別のかたちを知っていた。音のないあくび。わざとらしい伸び。判定をたたえた閉じた目。一度として不意を突かれたことのない生き物の、音のない修辞のすべて。だが、この音には、そのどれもなかった。この音は効果を狙って高くなりもせず、代価を求めて引き延ばされもしなかった。ただ、そうすると決めたから、続いていた。
その音は、レジスターがようやく開け放たれたときに暖かさが部屋へ入ってくるのとおなじ仕方で、彼の内部に入ってきた。掌から。腕の長い骨を上って肩に達し、そこにたまった。彼は生涯、暖かさを知っていた。較正され、均一な、二十一度の暖かさを。この暖かさには較正値がなかった。半秒ごとに凸凹し、天気のように生きていた。何ものも、それを計算してはいなかった。請求書なしでやってきた、人生で初めての暖かさだった。
掻きは、数え声の時間で続いていった。掌の下で毛は暖かく、背骨は、道が足にゆずるように、掻きに合わせてしなった。尾は手首に沿ってだらりと横たわり、何も書かなかった。彼は、尾が書いていたのを覚えていた。最初の部屋で、窓辺で、それは長くのんびりした判定を書き連ね、置いていった。どの動きにも、それぞれの告知がついていた。どれ一つ彼のためにではなく、すべて彼のために。この動きには告知がなかった。それを見ているのは彼だけだった。彼は、掻きのもう一方の端だった。
彼の手。その考えは、朝のように、ひとまとまりの形でやってきた。彼の手は二十年間、彼を押してきた。見たものを分類し、判決を下し、埋めてきた。持ち上がるあいだコンソールを握り支えてきた。死んだ都市の長い下りを、三つの扉を通って、重みを運び下りてきた。そして今、その重みを支えている。これまで与えられた仕事のすべてのなかで、これは初めて、仕事ではないものだった。最初の光のなかで、手がついに、作られたときに定められたことをしているのを、彼は眺めた。彼にはそれに名前をつけられなかった。手は気にしなかった。言葉は消えていた。それに借りは何もなかった。手は続けた。手が続けていることだけで、十分だった。
掻きの頂点で、彼の手が持ち上がった。古い手の動き。働きづめの人生の反射そのもの。だが、言葉は出てこなかった。宙に浮かんだ手には、もはや緊張がなかった。掻きと掻きのあいだに、手が休んでいる場所。それだけだった。
黒いものは、差し出された掌に、頭を押し上げた。
それがすべてだった。ひとつの圧力。意図的で、急かずに。かつての不急さから、いっさいの誇示が消え去ったかたちの。頭が上がり、掌が降り、暖かい頭蓋を包み込んだ。動きが再開し、音も再開した。
彼は、あの言葉を覚えていた。深いところで、生き物の喉が彼の喉に触れ、音が彼の内部を上っていくなか、彼は一度、その言葉を声に出して言った。それは彼が生涯でいちばん高くついた行いだった。そして、それだけの価値があった。彼が覚えていたのは、降伏の感覚だった。物が崩れ去るときのような、喉の小さなゆるみ。そして、価値。言葉は、他のすべてとともに燃え尽きた。価値のほうは身体の奥へ降りていき、そこに留まった。数え声が留まったように。いま、この掻きが、掌の下で、数え声の時間で留まっているように。
彼は、残っていた唯一の言葉を口にした。
「とどまれ。」
それはとどまった。頭は掌のなかに休んだ。重みは、生きている膝の上に、さらに深く沈み込んだ。かつて何も感じなかった膝。かつて不可能だった重み。ついに満杯の大きさで届き、一グラムずつ感じられた。黒いものは一度、意図的に身を回し、足のまわりに尾を収めた。最初の部屋の窓辺で、かつてひとたび、そうして収めたことがあるのとおなじ仕方で。あのときの静止は、演じられていた。今度の静止は、ただの静止だった。それを見ているのは、彼だけだった。そしてそれはとどまった。光がふたりの上を、水平に渡っていった。
立っていることは、ただの立っていることに変わっていた。彼は身を沈めた。片手はなお掻きつづけ、もう片方の手は暖かい地面に突いた。重みを自分の身体に乗せたまま、一緒に降ろした。彼はポッドに背を預けて座った。光は、座った高さで水平になった。スロープの坑道の先に、空が立っていた。どの都市も決めたことのない色だった。死んだ都市の埃が水平の光のなかに漂い、同じ不急な回転を、繰り返し繰り返ししていた。朝の唯一の往来だった。掻きの途中で一度、黒いものは掌から頭を上げ、光を横切る埃のひとつぶを眺めた。手はその上で静止し、待った。埃は通り過ぎ、消えた。頭は掌のなかに戻ってきた。掻きはスロープの坑道の奥へ出ていき、より柔らかいものになって、ふたりのところへ戻ってきた。自分で決めた部屋へ帰っていくもののように。光が彼の目に入った。彼は、そのままにしておいた。
背中のポッドは滑らかで、冷たかった。地面が光を受けとめるように、ポッドは彼を受けとめた。彼はふたつの温度が自分に接して落ち着くのを、分類せずに、そのままにした。音は膝の上から、急がずに上ってきた。肋骨の下で数え声を走らせ、彼に何も期待していなかった。膝は、座る重みを受け止めるために曲がった。求められ、応じられた、生まれて初めての屈伸だった。膝は立っているときと同じように座っていることを支え、水は来なかった。
朝の何ものも、返答を必要としなかった。二十年のあいだ、どの朝も、借りているものの集計だった。そして集計は、夜のうちに、他のすべてと一緒に消えていった。彼は光のなかに座った。光は、何のお返しも求めなかった。彼はついに疑うのをやめた床に身を任せるように、光に身を任せた。
メモは、置かれた場所に残っていた。朝のなかで、彼が手を伸ばさなかった唯一のもの。彼は最後にもう一度、他のものに手を伸ばした。ひとり分に整えられた食卓で、二杯目のコップに手を伸ばすように。引き出しは開いた。欄は空だった。それでよかった。空の場所は、彼が所有する最古のものだった。身体は、心が費やすように仕向けられていたすべてを、保ちつづけた。声のなかの数え声を。脚のなかの立ちを。手のなかの掻きを。どんな灼熱も到達したことのなく、これからも到達することのない場所に。
彼は言葉を忘れていた。彼の手は、忘れていなかった。